2012年1月9日月曜日

七草粥の由来はちょっとスピリチュアル!中国から伊勢神宮、江戸時代、そして現代へ


 1月7日は七草粥の日。というわけで、七草粥を作って食べてみました。土鍋からちょっとひと手間かけて。ところでこの七草粥、どういった由来でわたしたちの食生活に根付いているかご存知でしょうか。正直、わたしは“昔からの風習”、程度の認識しかありませんでした。なので、気になったので調べてみました。


七草粥の起源は中国は唐の時代(西暦630年代ぐらい)にあるようです。しかし、当時はまだお粥としてではなく、単に七草を食べることを推奨していただけのようです。
ちなみに「日本歳事史」には次のように記載されているそうです。
「正月は小陽の月であり、七日は小陽の数であるので、七種の若菜を調えて生土神及父母に奉り、後これを食すれば春の気病、夏の疫病、秋の痢病、冬の黄病を治す効験があるといい、また人には三魂七魄という神霊があり、天に七曜と現じ地には七草となる。これを取って服めば我魂魄の気力を増して命を延ぶると云う。これは太宗文王の時から始まる」
要するに、
・正月は区切りの月
・七は区切りの数字
・正月七日に七種の若菜を供えて、食べれば一年健康でいられる
・また、人には三魂七魄 = 3つの魂(天魂・地魂・人魂)と七つの感情(喜び、怒り、哀しみ、恐れ、愛、悪、欲望)がある
・この三魂七魄は、天では一週間の七曜として、大地では七草として現れる
・したがって、七日に七草を食べれば、気力が増して寿命も延びる
なんてことが書いてあるみたいです。かなりスピリチュアルな内容なのですね(意訳なので間違っていたらごめんなさい)。

その後、平安時代には日本にも文化がわたり、伊勢神宮での宮中行事として行われるようになりました。このときにお粥として七草を頂くようになったのだとか。その後、宮廷貴族にも広まりました。しかし当時はまだ、七草は特に決まりがなかったそうです。

では、七草はいつ決まったのかというと、そのきっかけは鎌倉時代末期四辻善成が次の歌を詠んだことで、春の七草の定番ができたわけです。
「せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ、これぞ七草」

その後、江戸時代には庶民の間でも食べられるようになり、日本の文化として定着したようです。おせち料理やお雑煮が広まったのと同じ時期ですね。そして今でも「無病息災」と「長寿健康」を願って食べる、お正月の風習として続いています。もちろん、ビタミンたっぷりの若い野菜をお粥という消化にいい状態で頂くわけですから、お正月のご馳走で疲れた胃腸のケアにもぴったりですからね。

ちなみにセリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ・スズシロが全国で食べられるようになったのはごく最近のことのようです。当然、物流が発達しなければ、食材が手に入らない地域もありますから。その名残で、今でも地域によっては使う野菜の種類は違いがあるわけです。何気ない風習も掘り下げると色々な文化が見えてくるものですね。勉強になりました。


レシピ)
時間がたってもおいしい、簡単土鍋の七草粥
http://cookpad.com/recipe/1667493